そこは峠の茶屋のようなところだった

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ロードバイクで朝のうちに出かけるのが、この夏の私の「務め」なのです。大きな木に我がマドン号を立てかけ、しばし、散策をしたり、腰を下ろして思索したりする、それが黄金にも匹敵する時間なのです。


 筑波山の麓の集落、その入り口あたりに一軒の喫茶室、のようなものがあります。

 喫茶室というには、正確な言葉ではありません。
 なぜなら、それは母屋のある屋敷の前の道の先、畑の脇に設えられたちょっとした小屋であるからです。

 おそらく、農機具とか畑仕事に使う道具を置いてあった小屋でしょう。
 そこを改修して、それも、大工さんの手が入った小ぎれいなしつらえではないので、おそらく、主人が自分であちらこちらを修繕し、椅子やテーブルも自作したものだと思います。

 でも、この店、私が行く時、一度も開いていた試しがないのです。

 きっと、この辺りでよく見かける週末限定でオープンする喫茶場であるかと思うのです。
 しかし、よくよく考えてみると、日曜に出かけていったときもオープンはしていなかったので、私は、いつも、この店の前を通っては、不思議に思っていたのです。

 しかし、その店がかつて営業をし、いまは、何もしていなくても、私はその店の佇まいに心を落ち着かせてもらえるのです。

 先だって、ひとしきり坂道を登りきり、その店の前に、息をゼイゼイ言わせながら、たどり着いた時、私は、その店の前で、我がロードバイクマドン号を止めて、ちょっとの間、佇んだのです。

 一枚の張り紙がありました。
 「美味しいぜんざいあります」
 それも、さほど古くはない、いや、むしろ、ついこの間、といっても、かれこれ一ヶ月ほど前になりますが、その時は、確か、なかった張り紙だと思うのです。
 やはり、この店、営業をしているんだと私思いました。

 マドン号を道端の大木に寄りかからせて、ビンディングシューズのスパイクの音をかちゃかちゃとさせながら、その店の前に進んで行きました。
 「すみません。」
 ちょっと、小さな声で、その店の奥の方を覗き見て、私声をかけました。
 何の返答もありません。
 やはり、ダメかと内心思いながら、私は、マドン号の方へと向かいました。

 すると、私の背中の方から、キーの高い女性の声がしました。

 「こんにちは、ご苦労様です。今、お茶を出しますから」
 そんな風に言うのです。

 五十歳くらいの女性だと思われますが、もしかしたら、もっと年上かもしれません。
 いや、老けて見えるだけで、三十代後半かもしれません。
 その小走りの姿や、微笑みながら会釈をするその有り様から私はそう思ったのです。

 「この店、こうして、お客さんがきたら……」
 そう言って、少し、間を置くのです。
 そして、すべての動作を止めていた彼女が、まるで、電気を通わされて動き始めたおもちゃのように、言葉を続けたのです。
 「お客さんが来たことに気がついた時かな、お茶を振る舞うんです。」
 って、言うんです。

 「ご近所の方など、寄り合って、来たときなど、この席いっぱいになって、ここでお昼食べたり、お昼すぎに集まれば、夕方まで、なんだかんだって喋って行くんです。そんな時は、ここにお湯とお茶を置いて、勝手にやってもらうんです。」

 私のように、ロードバイクに乗って坂道を登って来た人間が、足を留めることなど滅多にないと言ってもいました。
 「私、いつも気になっていたんです。この店。だから、今日は、思い切って」
 私がそう言うと、女性は、笠間焼らしき土っぽい器に日本茶を淹れて出してくれました。

 「そうですか。でしたら、これから、好き勝手に、ここで休んでいってください。ここにお湯をいつも置いてありますから、好き勝手に飲んで行ってください。」
 そんなことを言うのです。
 「珍しいですね、好き勝手に、なんて言うか、お茶を飲んでいけって。」
 「ここは眺めがいいでしょう。この下は、ほら、田んぼが一面、地平線というのはオーバーかもしれませんけど、あの山の裾まで広がり、こっちは」
 って言いながら、目線を今度は上にします。
 「筑波山の頂が見えるんです。」

 そして、この女性、私の真向かいに座ります。
 「この前の道、あなたならよくご存知だと思いますが、なだらかな坂道で、尽きたところからは自転車を一気に転がしていけますからね。」

 まったくその通りなんです。
 でも、自転車仲間たちはそのことにあまり気づいていないんです。
 彼らは、北条あたりから坂道を、顔を引きつらせて登ります。そして、ある程度まで登って、そこを猛烈なスピードで山を降ることを楽しんでいるんです。
 私はそれにも飽きて、つくばの裾野の走りやすい坂道をいくつか探して、坂道と同時に、集落の風情も併せて楽しんでいるんです。 

 「では、また、お邪魔します。」
 私は、お茶のお礼と、いくらかを尋ねました。

 「ここは、お金を取っていないんです。みんなが、ここに集まってくれて、楽しんでくれればいいと思って、開いているんです。ですから、いつでも、好き勝手にここに入ってお茶を飲んで行ってください。」

 その言葉を聞いて、私、なんだか心が豊かになったのです。
 宣伝をして、金儲けをして、そんな殺伐な時代に逆行するような店がここにあると、いや、ここは店ではないのだ、旅人がちょっと腰をおろし、次の一歩を踏み出すそんな休息のできる茶屋なんだと思ったのです。

 私は、豊かな心持ちで、筑波山の麓の集落のゆるい坂道を気分良く登り、そして、一気に田んぼ道の坂をくだっていったのです。
 風が頬を、胸元を、足を撫でるように吹き付けます。

 今度、チョコか何かをもって行ってやろう、そんなことを思いながら、私は顔を引きつらせて、坂道を猛スピードでくだっていったのです。





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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
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<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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