もっともらしい話は面白いけれど

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つくば市の体育館で卓球の練習を終えて、外に出て来たら、陽光の元、日の丸とつくば市の旗が幾分強い風にそよいでいました。綺麗だなと思いました。



 現実というのは、まことにつまらないものです。
 現実というのは、それが国家の命運を左右する一大決心の場であっても、実に退屈なものだと思っているのです。

 よく政治家が、歴史的とマスコミが判断するその日の朝の心境を聞かれて、「天晴れ、これ我が心なり」などと語っていますが、さほどのこともないと思っているのです。
 せいぜい、朝食で食べた納豆の匂いをプンプンさせて、そのように語ったと新聞記者が書けば、多少とも面白さがあっていいかもしれませんが、仮にそうであっても書く記者はいません。
 日常の現実などつまらない、だいいち、不謹慎だとそしりを受けぬよう、自浄作用が働いているのかもしれません。

 あの信長が、桶狭間に出陣するとき、「人間五十年」を謳い舞ったと言いますが、果たして、本当なのだろうか、ほぼ、勝利の見えない戦いに出陣する無名の殿様がさほどのことをしていたのか、と私は疑うのです。
 それより、大軍勢が押し寄せて来やがった、これでおいらの命運も尽きたぜ。
 これまで、うつけとか言われて来たが、ここは一丁大うつけを見せつけて、あの世に行こうくらいに思っていたに違いないと思っているんです。
 ところが、思わぬ嵐で、相手が隙を見せたがために、彼の軍団はなんと敵の御大将の首をあげてしまった。
 これはえらいこっちゃ。
 おいらの殿様、やけになって出陣したんじゃ恥ずかしいと、誰ぞや気の利いた家臣が脚色をしたのだろうと、私思ったりもしているのです。

 歴史ばかりではありません。

 「STING」という映画がありました。
 この言葉の意味は、「とどめを指す」という意味ですが、この映画では「ぼったくる」くらいの意味で使われています。
 見ていて、引き込まれるのは、人を騙すことの爽快感がそこにあるからです。
 人を、それも、相手がギャングであれば、騙すことは決して悪くはない、むしろ、いいことなんだと思ってしまうから愉快です。

 昔、松本清張の初期の推理作品を好んで読んでいたことがあります。
 その作品に脈々と流れているのは、読者を騙す作家のあの手この手の仕掛けでした。
 読者の私は、松本清張に騙されるのを内心期待しながらページをめくっていたのです。騙されないぞなんて思いで読んでいたら、きっと面白くはなかったに違いないと思っているのです。
 騙されてやるから、あんたうまく書いてよという気持ちでページをめくっていったのです。
 他の作家の作品では、騙されたくても、どうにもこうにも騙されようもなくて、がっかりとしたことがあるのですが、清張の本ではそれがなかったのです。

 私は気持ちよく騙されて、そのために費やしたいくばくかの書籍代を回収した気になったものでした。

 きっと、清張は読者を騙すことに全精力をかけていたに違いないと思っているのです。
 時刻表とにらめっこして、現実と想像の境目を行ったり来たりしていたに違いないのです。

 母が生きているときに、栃木県警の刑事がきたそうです。
 茨城県にいるのに、なんで栃木県警かと訝るも、相手が警察であれば、むげにもできないというので、玄関の扉の前に立って、半分ほど扉を開けて、「あなたも、警察の方なら、このような年寄りが警戒をするのはよくお分かりだと思います。失礼ではありますが、ただいま、夫が留守ですので、ここで対応させてもらいます。」てな嘘をついたのです。

 すると、栃木県警を名乗る男は、「凶悪犯がこの辺りに潜んでいるので」と言ったそうです。
 「まぁ、怖いこと、県警にすぐ電話して、息子にきてもらいます。」と。 
 さらに、「私の長男が県警の刑事課にいるんです。」と、これまた嘘をついたのです。

 すると、栃木県警の刑事を名乗る男、胸元から、呼び出し音もしない携帯を取り出して、何やら今度は一人芝居です。
 「重要情報が入ったと今連絡が入りました。どうぞ、戸締りを厳にして」と、立ち去っていったと言います。
 その後、この刑事は、母の家の隣のうちにも真向かいのうちにも、同じような口上でやってきたと言いますから、母は、あれはきっと本物の刑事だったかもしれない、悪いことをしたと反省をしていたのです。

 よその県の警察が隣の県にまできてあれこれ注意を促すことなんてありえないし、話に乗って、家に入れれば、なにがしらの被害を受けたに違いないと、私言ったことがあるんです。
 母親に、プロの騙しを撃退したんだから、あなたは相当の悪だと言ったら、ブスッとして、しばらく口も聞いてくれませんでした。

 今、日本は犯罪発生率は減少していると言います。

 でも、振り込め詐欺などの特殊詐欺だけは増えていると言います。
 彼らは、90パーセントのリアルを語り、後の10パーセントで人を騙すと言います。
 つまり、90パーセントは相手にとってリアルそのもので、最後の10パーセントが人をその気にさせる騙しのテクニックなのです。

 90パーセントのリアルとは、実は「真にリアルな話」ではなく、「もっともらしい話」だと言います。

 「もっともらしい」とは、言葉が示しているように「もっとも」であることに似せた話なのですから、用心しなくてはならないのです。
 しかし、その「もっともらしい」話が興味をそそるのですから仕方がありません。

 そして、残りの10パーセント、これこそが騙しの知恵、これがまったくもって巧緻にできているから始末におえないのです。
 その頭の働きを違った方に使えば、騙す奴はもっと世のため人のためにいい働きができたのにと思うのです。

 この馬鹿げた暑さの中で、清張には騙されても、悪知恵の輩には騙されないようにしようと思っているのです。





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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
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<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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