スポーツは社会の鏡

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夜の温泉街。どころなく旅情をそそる光景です。何が旅情をそそるのかといえば、湾曲した、それここじんまりとした光の羅列、そして、耳に心地よい波の音。これが心地よさの大元なのです。そう思って、この光景と音を堪能してきました。


 ヤンキースが昔から好きで、メジャーリーグの試合を毎日飽きもせずに見ています。

 最近は、オオタニサ〜ンが所属するチームの試合ばかりが放映されて、ヤンキースの試合の放映がなくてがっかりしているのです。
 でも、いまの時代は、ネットでヤンキースの試合を見ることができます。
 なんとも便利な時代です。

 メジャリーグの試合を見ていますと、中南米からの選手が多いことに気づきます。
 プエルトリコ、キューバ、ベネズエラ、オランダ領キュラソーと、チームによっては、生粋のアメリカ人を圧倒しています。
 日本の大相撲だって、モンゴル、東欧の相撲取りが幅をきかす時代です。
 それに、先だってのワールドカップ優勝のフランスチームを見ていると、人種の多彩なる様子に驚くのです。

 スポーツの分野でこうなのだから、社会の様相は推して知るべしであると。

 とりわけ、アフリカからの移民がまずスポーツでその存在感を示し、やがては、フランス社会の中で大きな勢力になって行くのは必定であると痛感するのです。

 良いとか悪いとかではなく、それが歴史の必定であるということです。

 私、ロードバイクに乗ります。
 あのツール・ド・フランスでかつて優勝したチームが乗っていたという理由で、私はトレックのマドンに乗っているのです。
 ですから、世界的に有名なツール・ド・フランスにも興味があり、それに関するニュースを目にすることも多いのです。
 今年は、主催者が違反薬物を摂取している有力選手の出場を拒否しましたが、結局、最終的には参加してきたのですが、随分と後味の悪い大会であったと思っているのです。

 二割のドーピング違反選手が世界の八割のレースで勝利をし、その獲得賞金は一億円に上るというのです。多くの真面目な選手が年収四百万円という安い賞金でやりくりしているというのに、違反薬物を摂取し、自らの体を痛めつけて賞金を稼ぐそのあり方に批判が浴びせられたのです。

 ロシアの国を挙げてのドーピング違反にも驚きました。

 国家がやるんだから、個人の選手がやっても、驚くには当たらないとは思います。
 私たちは健康を害すれば薬の力を借りて、その症状を軽減します。
 だから、薬物を摂取して、勝つことに全力を尽くすスポーツだって同じだくらいに思っているのです。

 日本人選手がツール・ド・フランスに走ることができないのも、テニスやゴルフの試合で怪我が多いのも、サッカーのビックチームでトップ選手になれないのも、相手が薬で武装したミュータントだからだと極論をいう人もいますが、きっと、そうなのだろうと私も思うのです。
 でも、国も個人も、薬の力を借りずに、戦うのが日本であるなら、それはそれで素晴らしい価値ある出来事だとも思っているのです。

 スポーツは、確かに、社会を反映する鏡なのです。

 フランスが移民を受け入れて、一時はルベンを代表とする極右勢力が台頭かと騒がれた時期もありましたが、フランス国民はそうではなく、共存を選んだのです。

 その結果が、あのワールドカップ優勝の一連の光景が示していたように思うのです。

 その時のパリの狂乱は、移民が社会混乱を増幅させるのではなく、移民を含め、フランスが一体になったことを示したのですから、それはまさにバラバラだったものをくっつける働きを見事に果たしたと言えるのです。

 言葉を変えれば、スポーツには、日常性を打破する力があるんだということです。
 
 薬物に頼らない日本人選手、日本のスポーツ界の未来は栄光に満ちている、それこそが日本の社会の今後の発展を意図していると考えたいのは山々ではありますが、そうもいかない事件が多発しています。

 それも、選手ではなく、それを取り仕切るフィクサーのたちが起こしている事件です。

 なんだか、日本社会の暗部そのものがそこに浮き出てきた感じを受けてしまうのです。
 非日常の社会、私たちが普段目にすることのできない暗部がそこにあるのです。

 人はどうなってもいい、自分たちだけが生き残ればいい、俺たちは好き勝手にやるという輩の支配する世界です。
 それを許してしまう私たちの社会です。

 この手合いは、実は、日本の社会のどこにでもあるものなのです。
 例えば、学校にもそれがあることが、先だってのタックル事件でわかったことですし、自己理屈を繰り返すボクシング協会会長の件でもわかったことです。

 選手たちにとっては、迷惑千万な人たちです。
 
 素晴らしいことに、日本の社会は、そうした自己本位の人たちを批判する力を備えていることです。
 大相撲でも、アメリカンフットボールでも、レスリングでもそうであったように、そして、ボクシングもおっつけ正義を回復することであると思っているのです。

 だって、スポーツは社会を正しくすべき役目も担っているのですから。





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