勝つことの前に……

krfj473pjfk93-fq;a
雲間から時折姿を見せる太陽。朝です。そして、気がつくのです。丸いはずの太陽が、この時、まるでとろける飴玉のようにいびつであったことに。いびつであるということは熱いということだ、今日という日もきっと暑くなるに違いないと。



 壹岐春記少佐という方をご存知ですか。
 
 昭和16年12月10日のことでした。
 あの真珠湾から二日後の出来事です。
 シンガポールを母港とするイギリス東洋艦隊旗艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と「レパレス」が、南下する日本軍輸送部隊を攻撃せんと出撃をしました。

 その艦隊に、攻撃を仕掛けたのが、当時の最新鋭機「一式陸攻」を擁する海軍航空部隊です。
 猛烈な対空砲火の中、一式陸攻は魚雷を投下、命中させて、「レパレス」は、そのわずか十分後に沈んだのです。
 その一式陸攻に搭乗し、指揮していたのが、鹿屋空第三中隊長壹岐春記少佐だったのです。

 その後の攻撃で、「プリンス・オブ・ウエールズ」も撃沈され、日本海軍の航空攻撃でイギリス海軍は南シナ海の制海権を日本海軍に奪われるのです。

 その八日後、仏印ツドーム基地にあった壹岐春記少佐の部隊は、アナンバス島シアンタン電信所爆撃を命じられました。
 出撃前、壱岐少佐は部下に二つの花束を準備させました。
 出撃の航路途中に、あの「プリンス・オブ・ウエールズ」と「レパレス」が、沈んだ海の上を通るからです。

 その日の天候は快晴、波も穏やかで、機体を降下させると沈めた二つの艦影が見えたと言います。
 壱岐少佐は、「レバレス」の上空から最初の花束を投下しました。
 これは、果敢にも突撃して、レバレスの対空砲火ポムポム弾で撃墜された仲間たちを慰霊したのです。

 さらに、機体を飛ばし、「プリンス・オブ・ウエールズ」の真上に移動し、そこで、もう一つの花束を落としました。これは果敢にも母国のために戦い、戦死したイギリス将兵のためです。
 壱岐少佐は、旋回しながら、敬礼をしたと言います。
 
 戦いの惨さを知るからこそ、敵への敬愛の念を知っているのです。

 壱岐少佐は、花束を落とすにあたり、上官に具申をすることなどしていないはずです。果敢に戦った戦士に哀悼の意を表明することは、壱岐少佐には当然のことであったのです。

 もちろん、私は、日本軍が過酷な仕打ちを捕虜にしたことも、米軍が海に漂う日本軍パイロットに銃撃を加えたことも、反対に、特攻隊員を艦上で手厚く葬ったことも知っています。

 でも、勝敗の前に、戦うものたちが大切にする精神を私は壱岐少佐の行為に見て取るのです。

 戦争ではないのですが、ついこの間行われたツール・ド・フランスでも、似たような出来事がありました。
 フランス出身の選手が、自分が生まれ育った村に入ってくると、前を走っていた選手たちがスピードを緩めたのです。
 その選手をトップに送り出すためにです。

 その選手が生まれ育った故郷に一番先頭を走る栄誉を与えたのです。

 また、今年はなかったようですが、有力な選手に些細なトラブルがあって遅れたときなど、先頭集団は、幾分スピードを落として、その選手が戻ってくるのを待つというのです。

 これは自転車競技ではないのですが、トレイルランニングという過酷なレースの中で、前を行く選手が疲労のためぼーっとしてしまい、崖から落ちてしまった。
 その時、その後ろを走っている選手は、それを追い抜きさるのではなく、よじ登ってくるのを手を差し出して、助けてやったなんていうこともあると言います。

 デッドヒートを繰り広げる選手が相手の不幸をこれ幸いに抜くのではなく、同じ戦いに臨むものとして、相手への敬意を持って、その相手がレースに復帰するのを手助けして、それから戦いを再開するということなのです。

 アスリートである前に、人として何をしなくてはいけないかを私たちに問うてくる話であります。

 そんな話を聞きますと、勝利至上主義が極端にまかり通っている現状が垣間見えてくるのです。
 ロシアの国を挙げてのドーピング疑惑とそれを暴露した選手への冷酷な対応しかり、さらには、一連のニュースで伝えられたように、スポーツを仕切る黒い影さえも、私たちは身近に感じ取っているのです。

 ところで、ルッツ・ロング選手は知っていますか。

 彼はナチス・ドイツの走り幅跳びの銀メダリストです。
 なぜ、金メダルを取れなかったのかといえば、不調のジェシー・オーエンスが二度連続してファールをしたとき、その彼に近づき、アドバイスをしたのです。そして、オーエンスはいかんなく実力を発揮し、優勝したのです。

 競技場に詰めていたヒトラーはそれを無言で見つめ、表彰式が始まる前、無言で競技場を立ち去ったと言います。

 その後、ロング選手は、ドイツ軍兵士として徴兵され、シチリアで戦死します。
 一方、オーエンスは、黒人であるがゆえに、母国アメリカで差別され続けます。

 しかし、二人の不幸なその後とは裏腹に、正々堂々戦った彼らの名前は永遠に残ったのです。

 人は、勝つことよりも、いかに戦うか、戦った後、いかに処するかが大切であると、私はこれらの出来事から学ぶのです。





自分らしさランキング

コメントの投稿

非公開コメント

うれしく思います

素晴らしいコメントありがとうございます。
とてもうれしい気持ちで一杯です。

いつもありがとうございます

勝つことはもちろん大切なことです。
でも、そればかり、いや、それにのみ執着することに固執する傾向が強く出ているような気がします。
スポーツしかり、政治しかり、経済も文化ででも、それがあるように思えるのです。
そんな気持ちで、記憶にある、素晴らしい人々を紹介させていただきました。
これからもよろしくお願いします。

さわやか

いい話をありがとうございます。
今日もいい気持で過ごせそうです!

人は、勝つことよりも、いかに戦うか

>人は、勝つことよりも、いかに戦うか、戦った後、いかに処するかが大切であると、私はこれらの出来事から学ぶのです。

〇記事、拝見しました。
 山本五十六が、真珠湾攻撃の前に宣戦布告をすることに、こだわったことが知られています。結果として日本はしなかった。そのことが彼の後の自決に繋がったことを感じていますが、そのことを思い出しました。
 人は、勝つことよりも、いかに戦うか、このことを彼も持っていたのだと思います。
 草々、
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

下の[リンク]欄からアクセスして読むことができます。

❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア