不本意ながら崩壊に直面した日

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薄曇りといったらいいのでしょうか、それとも、もやと言ったらいいんでしょうか。海はみどりに、空は灰色にそして、おかはうっすら青くなりました。これもまた、いい、伊豆の海で、そんな風に思ったのです。


 1945年の今日という日は、よく晴れ渡ったいつものなんと言うこともない暑い夏の日であったと言います。

 祖母が、蝉の声が一段と大きく、朝早くから聞こえていたんだよと言う声が、記憶として残っています。
 母は、その日の夜、寝巻きに着替えて横になれたことをとても嬉しく思ったと言っていました。もう空襲はない、だから、モンペで寝る必要もなくなったのだと。

 あの日、日本人は、不本意ながら国家の崩壊を目の当たりにしたのです。

 でも、市井の民であった我が祖母と母は、自然の音に耳を傾け、ちょっとした平和のありがたさを享受していたのです。
 決して、日本のいちばん長い日ではなく、いつもの夏の、朝の暑い日を迎えていたのでした。

 まことに、国破れて山河あり、とはよく言ったものです。

 一面焼け野原の中で、自分の命が生かされたこと、自分の家が残ったこと、そして、程なく、兵隊から兄弟たちが戻ってきたこと、これこそが大切なことであったのです。
 
 母が言っていました。
 あれだけ怖いと教えられていたアメリカ兵の優しいことと。

 両国に使いに出され、改札で米兵に腕を掴まれ、頭から白い粉をかけられて、目をつむったままでいると、優しい手のひらでその白い粉を落としてくれたアメリカ兵のあの少年のような、しかし、美しい顔を忘れることはできないと。

 シラミがいるいないにかかわらず、彼らは日本人に白い粉をかけたのです。

 DDTとは、ジクロロジフェニルクロロエタンと言う名の殺虫剤のことです。
 アメリカ軍は、軍用防疫薬剤としてDDTを用いました。
 南の島での日本軍との戦いに、これを大量に用いて、マラリアにかかるアメリカ軍兵士を大幅に減少させました。
 しかし、日本軍にこれはなく、多くのマラリア感染で、兵士たちは命を落としていったのです。

 DDTは、虫や冷血動物に対して、強い毒性を発揮します。しかし、人間を含む、温血動物には毒性が極めて弱いと言う特性を持っているのです。
 容易に化学合成ができ、何よりも、値段も安かったのがDDTでした。

 1948年のノベール生理学賞は、このDDTの殺虫効果を発見したミュラー博士に贈られていることからも、この殺虫剤が果たした役割は大きかったことが伺えます。

 今年の五月の末でしたか、私は近くのストアーで六種類の香りをセットにした蚊取り線香を買い求めました。
 私はクーラーをかけたまま寝ることができないので、網戸のまま風通しをよくして寝るのです。
 しかし、網戸の隙間を抜けてくるのか、あるいは、家の中に巣でもあるのか、耳元で蚊の羽を震わす声で目を覚ますことがあるのです。
 ですから、我が宅では蚊取り線香は夏の必需品というわけなのです。
 除虫菊でできた渦巻き状の蚊取り線香、それに、バラの香りやラベンダーの香りがついたものを私はこの夏の私の寝室の必需品として買い求めたのでした。

 ですから、夕方、日の暮れる前、私は蚊取り線香を一巻き取り出して、それに火をつけ煙を辺りに放つのです。
 香りが部屋に満ち、虫たちは姿を消します。

 ところが、八月に入ってしばらくして、ちょっとしたことに気づいたのです。
 
 ささやかな家庭菜園に入っても、やぶ蚊に刺されることもなく、ウッドデッキの家庭菜園用道具箱に入れてあるムヒも今年は一回も使っていない、そのことに気づいたのです。
 
 おや、今年はヤブ蚊も家蚊も見ないな、って。

 台風がさっていた夕方、玄関から門に通じる階段を掃除しました。
 そしたら、驚くべきことに五匹のせみの死骸があったのです。風に吹かれて、雨に叩かれてお前たちは儚い生を生きられたのかとそっと声をかけたのです。

 でも、蚊にしろ蝉にしろ、<三十五度を超えると飛ばなくなり、蚊は刺すことができにくくなる。セミも熱中症のような状態になって寿命を迎える前に死んでしまう>なんて記事を新聞でついこの間読んだのです。

 虫たちは、今、この酷暑に中、とんでもないことに遭遇しているんだと私思ったのです。

 畑で蚊に刺されないのも、せみが無傷で階段に横たわっていたのも、この高温で命を保つことができなくなっているんだということです。

 戦争など人間が起こしたことは、やがては、終局を迎えますが、自然の崩壊はなすすべを知りません。

 今、ヤブ蚊が我が足を刺すこともなく、せみが鳴くことなく死んでいく様が、私たち人類のさほど遠くない未来の姿であることを暗示していたらと思うと、背筋が凍るのです。

 自然は何かにかこつけて、いつも、人類に何か大切なことを告げてきているのです。
 だから、謙虚になって、蚊やせみのありようを見つめなくてはいけないと思っているのです。





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<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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