今年もたくさんの死者たちが帰って行きました

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朝日が海に道を作ります。            
遠い世界に何か素晴らしいものがある、この道を辿っていけば……と思うのです。



 盆……。
 それは今生きている人間がちょっとの間あの世のことを思うとき、死者のことを懐かしむ時。

 一九七八年八月も末の暑い日のことでした。

 私は、天安門広場のほぼ中央に建てられた荘厳な建物の前に立ち、行列を作る中国人民を尻目に、中国共産党の案内人に引き連れられて、その建物に入って行きました。
 正面の白い大理石の壁に「伟大的領袖和导師毛泽东主席永垂不朽」と十七文字の隷書で書かれた金文字が印象的でした。
 数人の直立不動の人民解放軍の兵士に守られた水晶の棺の中に、胸から下は中国共産党の党旗で覆われた毛沢東が静かに横たわっていました。

 立ち止まってはいけませんと事前に注意を受けていましたが、私は腰をかがめて、毛沢東の顔をしばし凝視しました。それでも、あちらこちらで睨みをきかせている警護の係官からは注意を受けることはありませんでした。

 毛沢東は、死んで、我が身がこのように晒されるのを望んでいたのかしらという疑念がふと私の胸中に沸き起こりました。
 
 妻江青は騒動を起こし、世界の前で悪態をつき、挙句に、獄舎の中で自殺をしたと言います。自身も文革という政治失態を、その後の執行部により批判されました。
 でも、政治的なことはともかく、あれだけの人民が中国各地から訪れ、毛沢東の遺体に涙するのです。それは丸四十年経った今も変わりないと言いますから、毛沢東という人はまさに、「巨星」の名に値する人物なのだとも思うのです。

 秦の始皇帝は、不老不死の妙薬を求めて、この日本の富士の山にも使者を派遣したと言います。富士は不死に通じる言葉です。
 永遠の命を求めてやまない独裁者の哀れな姿として、この逸話を読み取ることができますが、毛沢東の場合は、果たして、そうなのだろうかと思ったのです。

 共産主義を唱える国家、その最初の国家ソ連は、レーニンを廟の中に生きたままの姿で置いています。同じ主義を掲げる中国は、それに倣って、そうしただけにすぎず、それは毛沢東の意思ではないとすれば、毛沢東は死しても、その身を共産党のために酷使し続ける大役を仰せつかっていることになります。

 だとしたら、毛沢東は人間誰しもが行く「あの世」にいけてないのではないか、そんな悲しい思いを持ったのでした。

 このところ、醜いシニアの姿を見せつけられてうんざりしているところでした。
 小さな壺の中で、有頂天になり、威張り腐り、若者たちへの思いのひとかけらもないシニアの姿を見せつけられてきたのです。
 そんな晩節を汚した小さな独裁者のケチな廃れようをみれば、毛沢東は死してなお公に奉仕する任務を全うしているのですから、そこに至るまでの過ちさえも、許そうと思えるようになるのです。

 始皇帝が不死の妙薬を求めて使者を送り込んだ、この東の果ての列島に生きる日本人は、飛躍的に命の長さを得るようになりました。
 かつて五十年の寿命であったものを、今や、八十にまで伸ばしたのです。もうちょっとすれば、九十、百とそれは伸びて行くはずです。

 始皇帝が聞いたら、東海の果てにある富士の山の国の、不死のありようを羨ましく思うに違いありません。

 いや、まったくありえない話ではないのです。
 京都大学で先生をしていたあるシニアの先生が、その研究をしているのです。
 ベニクラゲを、針で突き刺して、傷をつけても、数日で回復するというのです。また、海水の塩分濃度の変化によって若返りをさせたこともあると言います。
 このシニアは、ベニクラゲには若返りの秘密が隠されたオリジナル遺伝子が存在する可能性があると踏んでいるのです。
 もし、その遺伝子の解明がなされれば、人間の寿命もさらに伸びることが可能だと考えるのです。

 威張り腐った小さな壺の中のシニアに比べれば、地道に研究を続けるこのシニアの方はよほど素晴らしいとも思うのです。

 でも、さほどに長生きしていいものかと、私思ったのです。
 昭和の戦争で何百万もの命が投げ出され、平成の災害でも何千という命が一瞬で失われたのです。時代と場所の、たったそれだけの幸運で生かされている命なら、その寿命の年数にかかわらず、与えられた寿命を精一杯生きるのがいいと思ったのです。

 私の父は近衛騎兵としてロシア戦線に赴き、五年の虜囚生活を生き残り、戦後は、ガスの会社で身を粉にして働いてきたのです。
 母も、東京大空襲を生き延び、幾たびかの洪水災害を経て、寿命を全うしたのです。

 毛沢東のように、世界を動かす働きは当然ありませんでしたが、地道に生をまっとうしてきたのです。その善良なる魂が、今年も静かにこの世からあの世に戻って行ったのです。

 でも、毛沢東はあの広大な広場の中央に建てられた厳かな室内の水晶の箱の中でこの世に止まるばかりなのです。





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<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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