マハティールとミーゴレン

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残暑には、濃いピンクの花がよく似合います。
もっと暑く感じるように、そして、夏を名残惜しむように見えるからです。
暑さにめげず、陽が昇りほどなくして花を開かせます。
太陽よ、もっと元気よくわれを照らせと言っているかのようにです。



 この日、北京の釣魚台迎賓館に一人の政治家が、習近平に対していました。

 1925年生まれ、当年93歳のマハティール・ビン・モハマドです。
 この90歳を超えた政治家に、ご老体とか、老練な政治家とかいう形容はふさわしくありません。そんな概念など超越した立ち居振る舞いであったのです。

 さすが、経験豊かな政治家です。
 国と国とのトップ会談では礼儀をわきまえ、丁寧な口調で、中国の投資による鉄道事業の見直しに了解の言質を習近平から取ったのです。
 見直しとは、遠慮のある言葉です。実質は、計画の撤回です。

 その前日には、ナンバー2の李国強に対して、新しい植民地主義が生まれていると、暗に中国を批判した上での、トップ会談であったのです。
 この時点で、会談はマハティール・ビン・モハマドの先手必勝というわけです。

 おそらく、東南アジアでは雪崩を打つかのように、脱中国化が進むことになるはずです。

 1925年生まれだとすると、マハティール・ビン・モハマドが十代後半、感受性の最も強い時代に、日本軍のマレー駐留イギリス軍への攻撃が始まったことになります。

 当時、イギリスはマハティールの国を保護領としていました。
 抗いようのないこの大国に、マレー人は反抗の兆しさえも見せることはできなかったと言います。
 ですから、1941年12月8日に、日本軍がマレー半島北端に奇襲上陸したとき、あのイギリスに勝てるはずはないと思ったのは、彼ばかりでなく、多くのマレー人には当然のことであったのです。

 しかし、日本軍は1942年1月31日に、半島南端ジョホール・バルに突入したのでした。

 今の日本人には、1997年11月16日、FIFAワールドカップ・アジア代表決定戦「日本対イラン」で、延長戦の末、3-2で勝利して、日本が初のW杯本大会出場を決めた試合が行われた場所として有名ですが、1941年には、日本軍の圧倒的な進軍があったことでも、この町は記憶されているのです。

 マレー半島北部に上陸し、南へ1,100キロ、世界最強であると言われたイギリス軍を駆逐しながら、55日に及ぶ戦いの末、日本軍はイギリス軍の降伏を勝ち取ったのです。
 この進軍は戦史上、稀に見る快進撃であったと記録されているのです。

 マハティール・ビン・モハマドをはじめとして、多くの若きマレー人が、同じアジア人の日本人があのイギリスを破ったと力強く思ったと言います。
 ですから、太平洋戦争が終わったとき、二十代のマレー人たちは、イギリスの保護領復帰に反対、独立運動を展開するのです。 

 そんな話を聞くと、日本が行ったあの戦争は決して悪いことばかりがあったのではないとつくづく思うのです。

 だって、欧米の支配に手出しもできなかった東南アジアの人々に独立自尊の精神を目覚めさせたのですから、多くの犠牲を払った価値をそこに見出さなくてはいけないと思っているのです。 

 ある日本の政治家に、新聞記者が靖国参拝の是非を問うたというのです。
 その際に、諸外国では日本の政治家の靖国参拝に反対をしていますが、それでも参拝をなさいますかと言ったそうです。
 そしたら、その政治家、真顔になって、諸外国とはどこですかと問い、その記者が中国ですと答え、しばし、思案顔になり、さらに、ほかにそのような国があるのですかと、意地悪そうにうそぶいて、さらに問うたのです。
 くだんの記者、韓国ですと。
 
 さらにこの政治家、そのほかはと問い続けます。
 記者は、それだけですと。
 だったら、諸外国ではなく、中国と韓国の2カ国と言い換えなさいと幾分言葉を尖らせて言ったというのです。

 私、この話を聞いて、随分と納得するのです。
 何でもかんでも、日本がしたことは悪い、日本は世界に跪かなくてはならないとするのは間違いだと思うのです。

 どうも、一部の国の猛り狂ったような批判に日本は惑わされ続けているのではないかと。

 あの時代、日本が打って出るにはそれなりの事情があったはずではないのか、それをこそ、日本は考えていかなくては、正しい歴史判断は下せないのではないかと、独りよがりではありますが思っているのです。

 ですから、気骨あるマハティール・ビン・モハマドの北京での発言を聞いたときに、彼の人となり、歴史の中でのありように興味を持ったのです。

 70年代、マハティール・ビン・モハマドはマレー半島で腐る程取れるパイナップルを缶詰にして売る会社をしていましたが、どうも美味しくないというので、日本の三井物産が技術協力をして、美味しい缶詰作りに成功したと言います。

 このとき、彼は、三井物産の儲けを二の次にした協力に心を動かすのです。

 たくさんある自然の恵みを、その土地だけではなく、世界に送り届ける。自分たちも利益になるし、世界の人々にも喜んでもらえる。そんな仕事のあり方に感動するのです。

 そのことが契機になり、彼の「ルック・イースト」は世界的に有名な政策になるのです。

 イーストとは、まさにニッポンのことなのです。
 そんな彼ですから、中国の「一帯一路」の本質は見抜いていることと思います。

 KL、クアラルンプールのことをそう地元の人は言います。
 私の友人が、その街で日本人駐在員の子弟に勉強を教えるために塾を開いています。
 「無限」という名の塾です。

 KLに塾を開いた理由を問うたことがあります。
 彼女曰く、日本に対して公平な観点を持つ国、それに、中国、インド、マレーの三つの国の料理を調和させたのが堪能できるからというのが答えでした。

 私、これにも大いに納得するのです。
 だって、ゴールドコーストに行ったとき、私の行きつけの南海飯店はマレー人の店ですし、近くのスーパーで、ランチにミーゴレンを頼むのも、KLの彼女の影響大だからです。 





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