一万年の憂愁

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コーヒーにミルクを落とすと、コーヒー色の中で白いミルクがおぼろげに馴染んでいきます。
この日は、そんな夕景でした。
雲は夕日に溶け込み、大気もまた、空間に馴染んで行ったのです。



 漱石先生と鴎外は、ともに同時代を生きた作家です。

 生年も四、五年しか変わらないはずですから、まさに同年代人というわけですが、どういうわけか、二人の接点を見出すことができないのです。
 一方は、年齢を偽って帝大医学部に、はたまた一方は、同じ東大でも英文学を専攻し、留学先も、留学にあたっての事情も違う、何より、その後の職業を見てみれば、かたや日本陸軍軍医、かたや一介の教師では、接点の持ちようもないかと納得するのです。
 同じ時代だからと言って、人間というのはそうそう接点があるとは限らないのです。

 先だって、美術雑誌を読んでいましたら、ルネサンスの時代の二人の巨匠、ラファエッロとミケランジェロの話に出くわしました。

 両人とも、今でこそ、ルネサンスの偉大な芸術家として、私たちは二人を同列に扱っていますが、当時の人々はそうではなかったというのです。

 「ラフェエッロの作品は、着想、色彩、表現力とも卓越しているが、ミケランジェロのそれは素描以外に讃えるものがない」
 そんな意見があったというのです。
 あるいはまた、「素描に関しては、両者互角、彩色に関してはラフェエッロが群を抜く」なんて言葉もあります。
 つまり、私を含めて、きっと、ミケランジェロの方がどこかその名に偉大性を見出すのですが、彼らが生きた時代には、そうではなかったのだという発見に、面白さを感じるのです。

 いや、だからと言って、漱石先生と鴎外を比べてやろうなんて話ではないのです。

 当代、評価があまり芳しくなかったミケランジェロですが、彼自筆の推薦状が残っていて、そこには、自分は軍事技術者としていかに優れているかってあるんです。
 この推薦状はミラノ公宛に書かれたものですから、彼が就職しようと思った先は、ミラノ公が支配する地域のいわば公務員のようなところであったのでしょう。
 ですから、当時、最も肝要なこととして、ミラノを外敵から守るための策をどれだけ持っているかが採用される条件であったに違いないということです。
 
 そんなことを読むと、中国の諸子百家と違わないと、なんだか西洋の有り様に親近感を持つのです。

 現代の私たちだって、履歴書を書くとき、相手の企業に対して、自分が何ができるのかを綿々と書き綴るわけですから、いつの時代も変わらないと思ったのです。

 しかし、軍事でいかなる算段を持つかをしたためた後に、若きミケランジェロは、ミラノ公に対して、平時であれば、自分は建築にも才能があり、かつ、水利事業にも力を尽くせると、そのほか、大理石を使っての彫像づくり、さらには絵画にも長けていると自己アッピールをしているのです。

 ルネサンスの巨匠も、必死の売り込みです。
 それに、最も自分が得意とする彫刻や絵画を一番最後に提示するなど、苦心の跡が伺えて実に興味深いことであると思ったのです。

 今、日本では、仕事改革なる妙な動きが大手を振って進められています。
 五十を過ぎたら、副業ならぬ「複業」をせよなどという意見が大ぴらに書かれています。21世紀の日本に暮らす働き盛りの人たちが、余計な圧迫を受けずに仕事をし、それでいて、豊かな生活を得るという理想に近い生活レベルへと近づきつつあると喜ぶのです。

 私たち、それに私の父や祖父の時代と比べれば、いい時代ではあります。
 祖父や父の代は、有無も言わせず、兵隊に引っ立てられ、命をはって行かなくてはいけない時代でした。
 私の代は、朝から夜まで24時間働けますかと標語を示されたモーレツなる時代でした。
 それらの時代が良いわけでは当然ないので、良い時代が来たと内心は喜んでいるのです。
 
 そんなことを考えれば、私以上の世代は、いうならば、縄文的狩猟採取の時代にあったのではないかと思うのです。
 相手企業から契約を取るには、正攻法ではダメだ、風下から、こちらの思惑を察知されないように近づき、相手の企業の担当者を丸め込む。
 それしかないのだと、夜遅くまで、あちらのクラブ、こちらのスナック、日曜はゴルフにと、これが仕事かと思われるようなことまでやったのを、ご同輩なら覚えがあるはずです。

 ところが、今、時代は弥生式稲作時代に変わったのです。
 皆が、協調して、一つの仕事を分担してやり、共同体意識を持って、出しゃばることもなく、目標を達成して行くのです。
 働き過ぎやパワハラは決して認めない、しかし、複業は認めようと、皆がその方向に向かっているのです。

 でも、考えてみると、弥生的稲作時代は、現代までに、せいぜい五千年くらいしかないのです。
 これからまだ続くから、あと五千年持つかもしれませんが、縄文的狩猟採取時代は寸分の狂いもなく、この日本列島で一万年にわたり続いて来たのです。
 それを駆逐したのは他ならぬ弥生文化なのですが、そんなことを思うと、私、今の弥生的稲作時代の人間的な協調の時代にちょっと不安を持ってしまうのです。

 生きるのに必死であったと思われるあの縄文的狩猟採取時代の面影を残す、私たちと私の父や祖父の時代の方が、個人も国も幸福でなかったのかなって、そう思って、バルコニーで幾分涼しさを見せる雲の流れを目で追うのです。





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nkgwhiro

Author:nkgwhiro
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《 11/13 🍁 Tuesday 》
 
🦅ただいま、<Puboo!>にて、『一万年の憂愁』を発信しています。

<時の感覚というのは、実に不思議です。
縄文と弥生の人々が共存して、互いに文化を交流させている姿を思うことも、時には争いに発展することも、私は、想像をするのです。
さらには、世代間の違いにも思いをいたしたり、文化を異にする外国の地で、思いにふけったりもするのです。
人間なんて、人類の歴史から見れば、この世で活動する期間などわずかなものにすぎません。
しかし、そのわずかな時間でさえ、永遠に記録に残すことも可能なのです。
今回の作品はそうした意図を反映した作品なのです。>

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