不透明な未来を楽しみたい

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ロードバイクで、小貝川沿いにでて、その川べりを北上します。
すると、筑波山が宅から見えるのとちょっと様相を異にします。
山は場所によって、その趣を変えるのです。
宅から見るより、お山は、ちょっと荒々しく見えるのは気のせいかしら?



 私は、まだ小学生であった娘二人だけでオーストラリアに送り出したことがあります。

 上の子が小学高学年、下の子が低学年の時です。
 アデレイドに暮らすジェニー・アレン先生のお宅に預けたのです。もちろん、ジェニーの一人娘キャラをこちらで預かるという、私的交換ホームステイのようなものです。

 娘二人を成田から送り出し、江戸崎というつくばに帰る途中にある父のところに寄ったとき、父は大分不機嫌でした。
 それは、年端もいかない子を、それも女の子二人だけで、異国の人の家に預ける親の心が知れないという不安からでした。
 
 今となっては、懐かしい思い出ですが、自分がその父の思いの一端を知る年齢になったことは自分の孫たちの姿を見ていると良くわかるのです。
 
 姉と二人で飛行機に乗って、オーストラリアに行った下の娘は、一人で機内のトイレにもいかれないくらいの臆病者であったのです。
 英語だって、ろくに勉強もせず、テニスばかりしていたのですから、テストでいい結果を出すはずもありません。
 その子が、今、オーストラリアで生活をするのですから、不思議な思いでいっぱいです。

 今回、娘は日本に帰る予定はなかったのです。
 親子四人が乗れて、日本からやってくる親たちを乗せても十分余裕のある車を買うために貯金をするはずであったのです。
 しかし、急遽くることになったのには、多少とも意味があると思っているのです。

 それは、育児疲れというやつです。

 上の子の面倒、下の子の世話で、ほとほと疲れてしまったようです。
 なにせ、近くに血のつながりのある人は誰もいないのですから大変です。せいぜい、ラインで顔を見ながら話を聞いてやって、孫たちの姿を見ながら、話をするくらいが関の山です。

 だから、こちらにきて、つくばと婿殿の実家がある横浜に行けば、多少とも、鬱積したものが吐き出されるのではないかということなのです。

 私の場合、どうであったろうかと思うのです。
 ほとんど、仕事で、ともすると、日曜も出かけていましたから、育児などというものはほとんどしていないことに今更のように気がつきます。
 育児をしていないのですから、子がいること、その面倒を見ること、世話を焼くことに嫌気がさしたことなどありません。
 でも、それにかかりきりになると、気持ちの中に嫌気が刺してくるというのです。

 人間、生きていれば、すべからく安穏というわけにはいきません。
 
 まして、自分の子であれば、この子は勉強大丈夫だろうかとか、人様に迷惑をかけないだろうかとか、心配は尽きないものです。
 自由におおらかに育てたいと願いつつも、管理を強要する自分に気づいたり、時には、子供に振り回されてしまって、仕事が手につかなかったりと、誰にもあることを、自分だけに課せられた特別な仕打ちだと錯覚したりしてしまったこともあるのです。

 子供の未来は、子供が作るのであると頭ではわかっているのに、それではダメだときつく当たったりすることも、誰にもあることなのです。

 今、孫たちが二人がわが宅のリビングでこれでもかと遊んでいます。
 ふと、娘を見ると、実にゆったりと構えています。

 近々、姉の二人の孫もやってくるでしょう、姉も妹の性格をよく知っていますから、きっと、うまく話をするでしょう。

 育児をしてこなかった私にはなんということも言えませんし、できません。

 ただ、孫たちを通して、ちょっと先のことを考える、そんな時間が嬉しくてたまらないのです。
 この子たちがどんな人生を送っていくのか、そして、娘たちが子供の頃と違って、一端の母親として、子供たちに対している姿も、実に新鮮なのです。

 確かに、この子たちの未来は不透明であり、不確かなものですが、それをさえ楽しむべきであると、私は思うようになってきているのです。



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《 5/24 🏇 Friday 》
 
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『天皇陛下の親指』



日々の生活の中で、ともすると、何気に見過ごしてしまうこと、そんなことにもちょっとした注意を向けてみますと、そこには奥深いものがあることことがわかります。
コアラの国に暮らす人々との関係を通して、私は飽きることなく、その奥深いものを感じ取っているのです。
そして、その奥深いものが、私が暮らす日本という国を見つめなおさせてくれるのです。
何気に見過ごすのではなく、意図して、身の回りのありようを感じ取っていくのです。
「私小説」という言葉が、日本にはあります。
だとするなら、これは「私的日常綴」ともいうべき代物なのです。

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