桟敷での夢想

89uealfeh364fia34yfalfi
GOKUを連れて、公園に行ったら、こんなに大きな蛾が砂場を仕切るコンクリートの壁面にへばりついていました。
以来、GOKUは、行くたびに、その壁面を目を凝らして、あの蛾を探します。
きっと、あんな人の顔に見たあの大きな蛾など見たことがなかったのでしょう。
人間は、人生で初めてみたものはきっと記憶の中に刻み、それを脳の奥底にしまいこむのです。
いつか、その記憶がすっと浮かび上がってくるまで……。



 そこに座ると、なんだかウキウキするのです。

 国技館で何度か相撲を見たことがあります。
 大相撲が、八百長か何かで力士を処分し、それが災いして、人気を落とした時期がありました。私は、それならと両国に出かけていって、桟敷席をひとり分買って、四人がけの桟敷席に足を伸ばして優雅の相撲を観戦したことがあります。

 ある時は、桟敷席のチケットをもらったからと友人から誘いを受けて、男四人で出かけたこともありました。

 このチケットは相撲茶屋を通したチケットで、席に案内され、さらに、お酒の支度までしてくれます。さらに、帰りには、茶屋から大きな紙袋に入ったお土産までついている上等の席で、特権的な気分に浸ったことを覚えています。

 しかし、狭いのです。
 男四人があぐらをかいて、そこに酒席を設ける、そんな狭さにはいささか閉口しました。

 元来、桟敷というのは、中世以来、特権的な階級の人士の席でありました。
 神楽の舞から始まり、歌舞伎に至るまで、木で枠組みして、地べたよりも一段高いところに席を設けたのです。
 相撲にしろ、歌舞伎にしろ、今、私たちが体験できる桟敷なる席は、とりわけ、江戸期のありのままの姿を残す観劇観戦のスタイルであると思っているのです。

 ですから、国技館で、相撲茶屋を通して観戦するときは、おひねりは欠かせません。
 決まりはないということですが、私はいつも、そうした場合には二千円ほどを包み、そっと渡していました。
 だからと言って、やき鳥のサービスがあるわけではありません。
 「たっつけばかま(裁着袴 )」を着たおじさんに案内をしてくれた感謝から渡すだけなのですが、渡す私の方も、それをすることで、それなりの江戸情緒を堪能していたということです。

 たっつけ袴。
 あの忍者の衣装といえばお分かりいただけるかと思います。横が大きくくくれていて、膝から下がきちっとしめられているあの袴です。呼出しさんが着ているあの服装です。
 江戸時代には、武士であろうが、百姓であろうが、着用していたもので、見るからに動きやすいファッションです。時代劇などで、活動する人たちが裾広がりの袴を着て動いているのを見ると、いい加減嘘はやめなよと言いたくなるくらいですが、大相撲では、その実像がいまだに残っていて、そんな姿を見るのも私の気持ちを国技館に運ばせるのだとおもっているのです。

 きっと、江戸の時代であれば、茶屋から迎えの駕籠がやってきて、旦那たちはそれに揺られて相撲場のある寺社に出向き、着けば着いたで、呼出さんたちから歓待を受けて、お席に案内されたはずです。今のように、殺風景な枡席ではありません。赤い毛氈が敷かれて、手すりには客人が入ったことを示す茶屋の印がつけられます。
 まさに金にものを言わせて得た特権階級の仕儀ではあります。

 先だって、悪天候のため途中で中止になったしまった土浦の花火大会に出かけましたが、そのおりの桟敷席は、まさに、江戸の時代の原点ともいうべき桟敷の有様を呈していました。
 席は、外に設けられ、天井はありません。
 もっとも、空に打ち上がる花火を見るのですから、天井など毛頭必要ありません。

 気温は30度を超えて、桟敷の下の通路は蒸し暑いのですが、桟敷の上は川風が実に気持ちいいのです。時折、子供など飛ばされてしまいそうな強い風が吹きましたので、これで花火できるのかしらと不安にもなっていたことは確かです。

 この桟敷は大人6人が座れる席ですが、これまた相撲の桟敷同様、狭いものです。ですから、「通」の人たちはふた枡を手配し、ゆったりと陣取って、これから始まる花火の饗宴を楽しむのです。
 中には、花火が始まる前に、出来上がってしまい、酒に酔って横になって寝ている人もいますから、何をしに来たのかわかりません。

 私はといえば、隣に人が来ないことがわかっていましたから、ひと枡分でふた枡を豪勢に使わせてもらい、「お大尽気分」で日の暮れるのを待っていたのです。
 花火が打ち上げられて1時間ほどすると、豪勢に打ち上げられていた花火は、ぱったりと音を立てるのをやめ、安全確認をしているとアナウンサがされて、そして、挙句には中止となりました。

 これもまた自然の中で行われるものの持つ宿命です。
 致し方ないことと、桟敷を降りた次第なのです。

 私、実は、まだ行っていない桟敷が一つあるのです。
 
 学校にいるとき、上司に言われて、イギリスで世話になる相手校の方々を歌舞伎座に連れて行ったことがあるのです。花道の横の、役者の顔がよく見えるいい位置です。
 イギリス人たちが喜んだことは言うまでもありません。
 なにせ、花道など日本の芝居にしかない特別のものです。
 横幅の広いあの歌舞伎座の舞台にも、彼らは「ラブリー」の連発です。
 「ここでは、足を組んではなりませんよ」と聞きかじったマナーを彼らに伝えて、私も先代の団十郎の勧進帳を堪能しました。

 そのおり、劇場の東西に桟敷席があるのを見たのです。
 もちろん、一段高いところにあって、そこで幕間に弁当も食べることができます。
 東の桟敷席では、花道をいく役者をちょっと高いところから見ることができるのです。
 演目「暫」であれば、花道で役者は演じる場面がありますから、目のすぐ前で見ることができます。
 きっと、当代の団十郎であれば、お茶目に、ウインクなどしてくれるのではないかとウキウキするのです。

 近いうちに、なんとか都合をつけて行ってみようかと思うのですが、相撲にしても、花火しても、桟敷の席は、ある程度、私は運がないと行けないと思っているのです。

 その運があるのかどうか、今の所、私には皆目見当がつかいないのです。



自分らしさランキング

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます。

《 10/ 19 🦗 Friday》
 
🦅本日、<Puboo!>にて、『懐かしき哉あの夏の日』を発信しました。有料作品ですが、一部、試し読みができます。ぜひ、お読みください。よろしくお願いします。

<400字詰原稿用紙29枚 年齢を経るに従い、昔を懐かしむのだと言います。
「懐かしのフォークソング集」などという番組に、反応している自分を発見すると、確かに年齢を経ると昔を懐かしむものだと納得するのです。とりわけ、夏という季節は、日本人に過去のふりかえさせる雰囲気に満ちた頃合であります。
8月15日があり、お盆があり、日本人は戦争体験の有無に限らず、自分のちょっとした過去を振り返り、歴史に思いをいたすのです。>

下の[リンク]欄からアクセスして読むことができます。

❣️<Twitter>では、『ものかき』として、朝と晩『つくばの街であれこれ』の更新情報をつぶやいています。下の[リンク]欄からアクセスができます。

⏬下の[リンク]欄から、歴史小説『一門』『福明と李福』、旅行記『ポーツマスの旅』、また、<水彩画>など、<nkgwhiro>の創作活動にアクセスができます。  

皆様のアクセスを心よりお待ちしております。🙋‍♂️

リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
フリーエリア