元気な病院

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 こんな霧雨が降るんです
 今年の梅雨
 これが濡れる濡れる
 じっとりと
 じわっと
 カタツムリになりたい
 気持ちが
 じわっと出てくるんです




 脳外科の先生、この先生、一年に一度だけ会う先生です。

 その日は、朝一番、病院に行きました。この日は、梅雨の入りの日。朝から雨が降っていました。先だっての造影剤を注射で身体に入れてのMRI検査と、その後の血液検査の結果の説明を受けに病院に出かけたのです。

 朝一番の病院は、存外、空いていて、気持ちのいいものです。

 元気のいい看護師さんたちが担当する部署に入る際、よろしくお願いしますって、元気のある声があちらこちらから聞こえてきます。
 広い待合室で、予約時間の二十分前に入った私は、たった一人、長ソファーに座って、iPhoneとにらめっこをします。

 そういえば、私の左目、幾分、見えにくくなってきた。

 きっと、脳がふたたびいかれてきて、神経を逆撫でしているに違いない、いよいよ、放射線治療に入ると宣告を受けるのではないかと、そんなことを思いながら、私は、iPhoneを通して、ニュースを読んでいたのです。

 年寄りの交通事故が多いとか、また、親が子供を虐待したとか、産んだ子を置き去りにしたとか、そんなニュースばかりです。

 もっと、世界が明るくなり、希望に満ち、生きるのが楽しくなる、そんな元気なニュースはないものかと、私の脳は勝手を言いながら、やはり、左目おかしいって、そう思うのです。

 元気のいい、お嬢さんのような看護師さんが、1551番の方と声をかけます。

 気がつかないうちに、その頃には、私以外に数名、ソファーに腰を下ろしていました。
 私は、手元にある自分のカードを見ます。
 私の番号は、1551番です。
 すかさず、手を挙げます。

 元気のいいお嬢さんが、つかつかと私の方へとやってきます。
 先生、まもなくおいでになりますから、少々、お待ちください。

 「うむ!」、何のための「言葉がけ」なのだろうかと訝る私に、お茶でも飲みに行かれてはと思ってと、言葉を継ぐのです。
 先生はまもなく来られますから、あなたはそこにいてくださいと言う「念押し」だったのかと、私、納得したのです。

 予約した患者で、きっと、脳の専門医である私の主治医は、いつも忙しくしているのだろうと、そんなことを思ったのです。

 いつも、医師というものは、誰でも同じ振る舞いをします。

 私が、診察室に入っていくと、それまでパソコンを見ていたのに、振り返って、私の顔を見るのです。
 口うるさい街医者である私の主治医も、大学病院の脳外科のこの先生も、この大学病院の隣にある大きな病院の私の腎臓を担当する副院長先生も、そうなのです。

 滅多に会うこともない患者、それも何千人もの患者の一人である、この私の、顔を確認して、それがいかなる患者か、どのような対応をした者か、一瞬にして判断しているに違いありません。

 この日も、脳外科のその先生は、私を振り返り、私の状況を問いました。
 私は左目の視力が弱まったことを言いました。

 それは、疲れでしょう。
 MRIのデータでは、残っている腫瘍が、視神経を圧迫している気配はまったくありません。
 
 何だ、疲れか。
 そういえば、このところ、Macに向かって仕事を頑張っていたから、その所為だったのだと、私は、思いの外、いとも簡単に納得してしまうのです。

 次回、また、一年後に、検査をしましょう。

 先生、この検査、どのくらいやるおつもりですかって、私、問いました。
 私より、ずっと若い、目つきの鋭い、この先生、私の方を見て、十年はしなくてはなりません。
 そう、冷たく言い放つのです。

 もう五年が過ぎますから、次回は、造影剤はなしとしましょう。
 もういいでしょうと、先生は自分を納得させるように言うのです。
 私は、この日の治療代230円を払うために、三十分も待たされました。

 この頃には、随分と患者が増えて、病院内は「活気」に満ちていたのです。

 あと、五年か、毎年一回、この病院に来て、あの洞穴のようなMRIの中に頭を入れて、脳を切り刻まれて、検査をするんだって、そう思いながら、私は、支払いを済ませたのです。 

 あの先生、それが嫌なら、私の顔面の、その中央部分、鼻の穴のその奥にあるぶら下がっている下垂体に、新しく開発された先端の医療器具をつけたいなんて言わないだろうな、そんなことを思ったのです。
 なにせ、ここは大学病院です。患者でさえ、研究材料である場所です。

 現に、あの先生、私の脳を使って、もう五年分のデータを集めているのです。きっと、それを論文の材料にしているに違いあるまい。おいらの脳を勝手に使って……。

 でも、そうであれば、おいらのこの脳も、人様の役に立てている証しだと、生きてきて、人様の役に立てているなんて、最高だと、そう思いながら、私、元気な老人ボランティアさんがあちこちにいる病院を後にしたのです。



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プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《10 / 5 💭 Saturday 》
 
🦅 昨日、<カクヨム>にて『虐待とトマト』を発信しました。

日常性の中に 
 時として 
 驚きの瞬間が

そんな新鮮な 他愛もない出来事



私たちの生活は、実に単純明瞭であり、そのありようにこそ、私たちは心の安らぎがあることを知るのです。
さらに加えていうなら、好き勝手に、ああでもない、こうでもないと、一所懸命に活動する方々を罵倒し、揶揄して、さらに幸福感を感じているのです。
それが名もなき、圧倒的多数の税金を納めて、主権を持ち、権利を主張する人々なのです。
そんなことを書くと、そんなことはない、それはk間違いだと唾を飛ばして、議論をふっかけてくる方もいるのではないかと、そうも思っているのです。

でも、今回のお話は、そんなけんか腰になるようなものではないのです。

私たちの日常生活の中の、他愛もない出来事、時に、ちょっと気がかりになるようなこと、腹が立つようなこと、意外なこと、そんなことに、実に新鮮さがあることを改めて知ること、そんな話なのです。


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