雨の日のサンチ マンタリスム

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 こんな陽射しの下で
 埴生の宿で
 日がな
 ぼんやりとしていたいって
 雨降る窓を見て
 思ったのです




 その日は、朝から雨が降っていました。

 梅雨に入ったのだから、当たり前だと、ガラス窓の向こうに降る雨の様子をぼんやりと見ていたのです。
 この日の雨は、まさに「煙雨」と言うにふさわさしい雨の降りようでした。

 雨はけぶるように天から地上に降りてきていたのです。

 ともすると、雨は降っているのではない、どこかに降った雨が風で流されて、たどり着いたのだと思える、そんな雨であったのです。

 そういえば、柳田國男が書いていました。

 「京都の時雨の雨は、なるほど宵暁ばかりに、物の三分か四分ほどの間、何度となく繰り返してさっと通り過ぎる。東国の平野ならば霰か雹かと思ふやうな、大きな音を立てゝ降る」って。

 そうなると、今日のように静かに降る雨は、野暮な東国に降る雨ではなく、京の都に降るような雨に違いないって、そんなことを思って、雨の日の憂うつさを慰めていたのです。

 黒澤明の映画に降る雨は、どれもこれも、雨はどしゃ降りだとそんなことを思いました。
 
 『七人の侍』のあの野武士との戦闘場面など、どしゃ降りの雨の中でなされました。
 あれが、晴れの日の、星空の下での戦闘であれば、随分と印象は異なっていたと思うのです。

 雨の降る中、膝まで泥水に浸かり、必死の形相で戦う、あのシーン。

 それは何も役者ばかりではなかったはずです。
 雨を作る裏方、それを撮影をするカメラマン、皆が、あのホースで吐き出された雨にびしょ濡れになり、あの場面を撮ったはずなのです。

 それが思いやられて感動をするのです。

 ジャカルタに出かけた折に、スコールなるものに出会いました。

 私は、市内の中心部に向けて、車で移動中でした。
 三車線の広い道路ではあるのですが、そこに車が割り込んできて、さらに、バイクも加わり、五車線にも六車線にもなってしまうほどの渋滞の中に、私はいました。

 おいおい、こんなんで大丈夫なのかと交通のありようを心配しながら、そうこうするうちに、それまで、かんかん照りであった空が、一転、曇り出します。
 程なく、天がひっくり返ったかのように、雨が落ちてきたのです。

 どしゃ降りの雨です。

 しかし、バイクに乗った人も、歩道を歩く人もさほどに驚きはしていません。
 程なく、あっという間に、雨は上がり、また、あのかんかん照りの太陽が出てきたのです。

 きっと、あっという間に、濡れた衣服は乾き、洗濯したてのようになるはずです。

 芥川龍之介が書いています。
 「雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍の先に、重たくうす暗い雲を支えている」
 
 南の国のスコールと異なって、日本の雨は、そこに暮らす人に何らかの感傷を与えるのです。

 日本の雨は、長く降る分、雨量もじわじわと増えて、川を氾濫させます。
 今年も、日本のどこかで、川を氾濫させ、山を崩す雨が、きっと降るはずです。
 
 日本の雨は、今日のように、しとしとと降り続けて、その湿気が、家の中にも押し寄せて、ジメジメとあたりをさせて、さらには、食べ物にカビをすえるのです。
 どこか死させもそこに含んで好きになれません。
 
 前者を「梅雨出水」といい、後者を「卯の花腐(クタ)し」などと、俳句の世界では詠んだりします。

 「家一つ沈むばかりや梅雨の沼」とは、田村木国の句です。
 「卯の花腐し君出棺の刻と思ふ」とは、 石田波郷の句です。

 どれも陰鬱です。

 そういえば、芥川の『羅生門』にも、「下人は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして―云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである」とありました。

 雨は、日本人の感性に何らかの影響を与えるものだと、私は、芥川の文章を読んで確信するのです。

 芥川は言います。
 ー今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した、と。

 はて、この日の煙雨、窓から眺める私のサンチ マンタリスムはいかなるものなのか、一向に見当もつかずに、私は、じっと、けぶる雨を「ながめ」るばかりなのです。



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hummu さん

こちらこそです。
これからもよろしくお願いします。

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始めましてこんにちは。

いつも訪問ありがとうございます。


雨の呼び方はたくさん種類があるそうですが、私個人的にはしとしと降る雨が好きです。

中でも「子糠雨」が一番好きです。
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《10 / 5 💭 Saturday 》
 
🦅 昨日、<カクヨム>にて『虐待とトマト』を発信しました。

日常性の中に 
 時として 
 驚きの瞬間が

そんな新鮮な 他愛もない出来事



私たちの生活は、実に単純明瞭であり、そのありようにこそ、私たちは心の安らぎがあることを知るのです。
さらに加えていうなら、好き勝手に、ああでもない、こうでもないと、一所懸命に活動する方々を罵倒し、揶揄して、さらに幸福感を感じているのです。
それが名もなき、圧倒的多数の税金を納めて、主権を持ち、権利を主張する人々なのです。
そんなことを書くと、そんなことはない、それはk間違いだと唾を飛ばして、議論をふっかけてくる方もいるのではないかと、そうも思っているのです。

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