我が宅は埴生の宿

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 人生 どっちに転ぶか
 誰にも わかりません
 やじろべいのように
 振る舞うのも
 人生のありようです
 固いことおっしゃらずに
 あっちにほい
 こっちにほい




 旅先からつくばの家に戻る、いや、秋葉原にたどり着き、TXに揺られて、終点つくばが近づくと、あぁ 、家に戻ってきたと、車窓のその景色を見て、心がホッとするのです。

 旅先のホテルでの生活も、決して、悪くはないのですが、それでも、我が故郷、我が宅に戻って来ると、ホッとするのです。
 これは、私ばかりではありません。

 誰もがそう思うことだと、私は、さまざまな書物を通じて知っていますし、ご近所の方や、かつて、勤めていた学校の気のあった同僚とも、そんなことを語り合っていたことを思い出すのです。

 生徒たちを引率して、1ヶ月あまり留守して、成田に戻ってきた時も、事故がなくて何よりだったと安堵し、上司に帰国報告の電話をして、子供を迎えに来た保護者にあいさつをして、そして、一人ぼっちになって、あの成田の広いターミナルに立っている自分に、ハッと気が付いた時、さぁ、つくばに戻ろうって、やっと、人心地をつけたものです。

 我が宿こそは埴生の宿なのです。

 豪華な玉の装いなど到底ありません。朝は鳥の声が、宅の周りには花々や木々が、そして、長閑な空気が流れているのが、つくばの我が宅なのです。
 私は、そのつくばの終のすみかと定めた宅の、窓辺に書物を読み、月を愛で、虫の声に癒されるのです。

 ここまでお読みになって、私が、ある歌の一節をアレンジしているとお気づきになった方はさすがのお方をお見受けいたします。

 原詩には、こうあります。
 Home! Home! Sweet home!
 There's no place like home!
 Oh! there is no place like home!
 愛すべき我が家よ 我が家が一番 我が家にまさる所なし

 それを、里見義は、「我が宿よ たのしとも たのもしや」としたのです。
 我が家は、なんと楽しいことか、そのために、心がなんと豊かになることかと、格調高い古語を使って、翻詩したのです。

 竹山道雄の『ビルマの竪琴』、誰しも、学校で読まされた小説作品です。
 私は、それを原作にした映画の方に、この歌を介した場面があり、それが印象深く心に留め置かれているのです。

 ビルマに派遣された日本軍がイギリス軍に追い詰められます。
 隊長は、土地のビルマ人から、イギリス軍の大部隊がこちらに向かっていると知らされます。
 隊長は、それを聞いて、村人を逃します。そして、わずかな兵力で、イギリス軍を迎え撃つ覚悟を定めます。兵士たちも同様です。
 隊長は、村の広場の向こうのジャングルの中に、あの平べったいヘルメットをかぶったイギリス兵を見つけます。
 お前たち、歌を歌えと、兵たちに隊長は命令を下します。その怪訝な命令に、兵たちはキョトンとしています。
 油断をさせるのだ、奴らは斥候。油断をさせて、我らは戦闘準備を整える。本隊が来るまで、彼らは何もせんと。

 隊長に、軍曹が声をそっとかけます。
 隊長、広場に、銃弾火薬を置きっぱなしです。一発食らえば、この村は、一瞬で吹き飛んでしまいますと。
 しまった!

 数分後、十数人の日本兵が諸手を挙げて歌いながら、小屋から広場に出てきます。
 そして、歌い、笑い、火薬の乗った荷車にたどり着きます。
 一人の男がその弾薬の上に乗り、竪琴を奏でます。

 それが埴生の宿という曲だったのです。

 埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
 のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友
 おゝ 我が宿よ たのしとも たのもしや

 イギリス軍からは一発の銃声もありませんでした。
 その代わり、聞こえてきたのは、'Mid pleasures and palaces, Tho' we may roam; Be it ever so humble, There's no place like home という埴生の宿と同じメロデイの歌詞でした。

 A charm from the skies Seems to follow us there, Which, seek through the worldIs ne'er met with elsewhere.

 ふみよむ窓も わが窓 瑠璃の床も うらやまじ
 きよらなりや 秋の夜半 月はあるじ むしは友
 おお わが窓よ たのしとも たのもしや

 日本兵は、この歌が広くイングランドで歌われてきた歌だとは知りません。
イギリス兵も敵兵である日本兵が、自分の国の歌をビルマの竪琴で奏で、兵士たちが歌うのを怪訝に思ったはずです。

 そういえば、マッカートニーの曲に『PIPES OF PEACE』というのがありました。
 PIPES とは、あのバグパイプのことです。

 マッカートニーは、そのプロモーションビデオで、一人二役を演じました。イギリス兵とドイツ兵の二人です。実際にあったことをベースにして、作られたフィルムです。

 1914年、フランス戦線、クリスマスとテロップが映し出されます。
 塹壕の中で、故郷を思う両軍の兵士が、恐る恐る首をもたげます。今日はクリスマスです。故郷の家族のことを思い、わずか数十メートル先にいる敵兵を伺うのです。不思議なことに向こうもこちらを見ています。
 気持ちは同じなのです。

 勇気ある者たちが、塹壕をでます。
そして、おそるおそる相手に近づきます。そして、タバコを差し出します。

 そんなことを思うと、私は、あの『西部戦線異常なし』の最後の場面を思い起こすのです。

 ドイツの若者が、教師の言葉に酔い、イギリスとの戦争に駆り出されていきます。そして、塹壕の中から、敵の陣地に向けて、銃身を構えます。
 その銃身の先に、蝶々が一匹とまるのです。

 青年はその蝶に自らの右手を差し出し、わずかに身を乗り出します。
 その時です。敵の狙撃兵の銃弾が彼を襲ったのです。

 ドイツ軍の司令部から発せられたその日の電文は、戦線異常なしというものでした。

 それが現実であり、「埴生の宿」で日本兵とイギリス兵が、「PIPES OF PEACE」でドイツ兵とイギリス兵が心を通わすなんて、とそう思っていた矢先のことでした。

 フィリピン沖で米ロ駆逐艦が異常接近とか、韓国海軍が不用意に自衛隊機に攻撃レーダーを当てるなど、そして、中国が戦争を始める前に必ず用いてきた「勿謂言之不預(警告しなかったとは言わせない)」という言葉を用いて、アメリカとの貿易戦争に対して使ったというのです。

 世界は、危険に満ちて、あるのだと、そう、思ったのです。

 一つのボタンのかけ違いが、とんでもないことになるのです。
 だから、歌が持つ情感が大切なのだと思うのです。

 はて、米ロ、日韓、日中、日ロに、「埴生の宿」や「PIPES OF PEACE」のような曲があるのかしらって、ちょっぴりと不安になったのです。



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  理不尽なるもので
  満ち満ちているんだっ……



誰でも、社会的生活を営んでいれば、心苦しいことに出会うものです。
トップの解任、同僚との確執、職を辞しての新しき生活、そんなさまざまの体験がそれです。
人は、かくも争い、かくも世知辛い思いをするのです。
そして、大切なものをそこで失っていくのです。
失うことを、損得で測れることはできません。
失うことは、糧として、その人間に残れば、それでいいのです。
そして、若き人に、送ることができればそれでいいのです。


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