肩書「執権」

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 ひさびさのこと
 青い色彩が空にあらわれ
 白い雲が

 喜んだのは
 この一本の大木
 
 ゴッホだったら
 こんな風に見たかもって




 歴史に出てくる言葉、特に、役職名というのは、実に面白いものだと思っているのです。

 江戸幕府の役職で、大老とか老中というのがあります。
 こういう役目に就く人というのは、かなり歳のいった方であると、その字面から、そんな認識をしていたときがあるのです。

 もちろん、まだ、教室の一室で、学生服を着て授業を聞いていた時のことです。

 老中とか、若年寄などという役職名を聞かされて、江戸時代というのは、老人が何もかもを仕切っていた時代などと勘違いをしていたのです。
 大老となれば、もう、ご隠居クラス、足腰の立たなくなった御大が幕政を取り仕切り、若き幕臣たちがほうほうの体で頭を下げている図などを思い描いていたのです。

 大老といえば、即座に頭に浮かんでくるのが、あの井伊直弼です。

 近江彦根藩藩主にして、幕末の混乱期に大老になった人物です。
 そして、日米修好通商条約に調印、開国を果たした人物です。同時に、かの有名な安政の大獄で、血気盛んなる若者たちを粛清した方でもあります。
 その恨みをかって、ついには、桜田門外の変で首を挙げらてしまいます。

 このかた、お生まれは文化十二年、亡くなられたのが安政七年のことです。
 つまり、1815年生まれで、1860年に命を落とすことになりますから、なんと、四五歳ということになります。

 大老というには、おこがましいほどの若さではあります。

 鎌倉時代の役職名にも、私、ちょっとした不思議を感じているのです。
 それは、「執権」という言葉です。

 漢字の字義を解けば、「権力を執る」、もっとはっきりといえば、「鎌倉幕府将軍の権力権威を奪取して、北条が天下を牛耳る」という意味であると、そんなことを、教室の片隅で、先生の話を聞きながら思っていました。

 頼朝さんの行いが良くなかったのか、それとも、源氏本流が呪われていたのかはわかりませんが、第三代将軍実朝は、甥の公暁に鶴岡八幡宮で、右大臣就任の祝賀行事の際に、暗殺をされてしまい、源家は三代で絶えてしまいます。

 その実朝は、建久三年の生まれで、十二歳で将軍に就き、建保七年に暗殺されます。
 建久三年は鎌倉に幕府が開かられた年ですから1192年です。亡くなったのが1219年のことになりますから、なんと、二十七歳の生涯であったということになります。

 その若い源家の血筋の者たちを牛耳ったのが頼朝の妻の政子の家北条であったのです。
 その北条が、源家将軍に代わって、政治を取ることを明言するために、「執権」という露骨なる字義を持つ言葉を採ったことを不思議に思うのです。

 もっと、将軍家に敬意を払った言葉を考えられなかったものだろうかって。
 
 そういえば、家康、将軍職をいとも簡単に息子秀忠に譲ってしまいました。
 でも、家康は政治を全面的に秀忠に渡したわけではありませんでした。

 自分を大御所と名付けて、隠然たる権力を維持したのです。

 それにしても、大御所とはなんと不遜なる言葉でありましょうか。
 御所とはそもそも天皇様のことをさします。そこに大をつけるのですから、家康は天皇様の上にあると、なんとも不遜なるお人よと批判もあったのではないかと思います。
 
 秀吉はといえば、関白職を甥の秀次に譲り、自らは関白職にあったものがその職を辞した後の呼称太閤を名乗りました。

 大御所様とは異なり、太閤殿下は秀次を自害に追いやりました。生まれ育ちがなした下品なわざではないかと、密かに思ってはいるのです。

 肩書きは人を作るとは言います。

 いや、もっと、的確にいえば、人は肩書きにほだされて、その人を見てしまうと言うことです。
 どこかの飲み屋で、社長とか、大将とか言って、店の主人と客が呼び合っているのを見れば、微笑ましいのですが、名刺を手にして、そこにある肩書きで態度を変えると言う場面をこれまでなんども観てきました。

 肩書きと言うのは、かくまで、人の人への態度に変化を与えるものだと痛感してきたものでした。

 ですから、あの社長さん、息子に仕事をさせてはいるが、実権はいまだに持っている、だから、取引業者が御大とか、会長とか、大御所とか、おべんちゃらをかたって近寄っているって、そう思ったりもしていたのです。

 時には、最高権力の位置にある人を追い落とすというクーデターも起こります。
 政治の世界と違って、経済の世界はさほどに新聞が取り上げませんから、目立つことはありませんが、これって、結構、あちらこちらでなされている権力闘争だと思っているのです。

 しかし、鎌倉時代のように、俺は執権だという人を見たことはありません。

 きっと、北条というのは、その血筋ゆえに、つまり、平家の流れを汲み、その末流にあるがゆえに、源家にとってかわり、将軍にはなれない、だから、露骨にも、その将軍の権力にとって代わってまつりごとを行う執権と名付けたのだと思うのです。

 ある企業の若手の、やり手の男が、先代を追い落として、我こそ、執権なりと言って、分捕った話など聞くことはありません。
 やっていることは、同じことなのに、「執権」というのでは後ろめたさを感じるのだと思うのです。

 そんなことを思えば、北条というのは、太い根性をした一族であり、それがゆえに、元の侵略を二度も撃退することができたのではないかと、うがった見方をして、楽しんでいるのです。

 そして、机の引き出しの奥に、今も捨てられることなく残っている、折々の役職名のついた名刺を目にして、こんな役職が自分に仕事させていたのだと、自分一個の存在ではなかったに違いないと、そう思うのです。



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《7 / 23 🍙 Tuesday 》
 
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 ささやかなる宿なれど 
  そは我が生涯のある証 



 何世代にもわたって、その地に根を下ろすのもよし、たった一代、好き勝手に人生の一時期を過ごすのもまたよしとおもうのです。

 故郷とか、家というのは、実に、はかない、せつない、たよりないものであるのです。

 でも、こころのどこかに、人の思いを感じることのできるそんな場所でもあるのです。
 だから、人は、その狭い空間に、はかなさ、せつなさ、たよりなさのほかに、懐かしさを感じ、時空を超越した感情を託すことができるのです。
 
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