夜が来る

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 こんな普通の光景に
 夏を惜しむ
 情景が隠されているのです
 
 あの雲
 深みを帯びた青い空
 芝のみどりみどりした色合い
 木々の濃く染まったあの深い色も




 小林亜星のあの曲。
  だんだん だだん しゅびだびー よっるがくるぅー

 サントリーのコマーシャルのために作られた曲です。
 もともとは「人間みな兄弟」と、開高健の作ったコピーにインスピレーションを得て作ったメロディですが、小林亜星がそれに歌詞をつけて、「夜が来る」としたものです。

 とある新聞社で、その末席で、下働きをしながら、書籍の広告文を綴らせてもらっていた時代。
 室長やデザイナーたちに連れられて、新橋や六本木のバーに出かけては、男の美学に憧れて、いつかは、おいらもそんな店に入りびたれる男になりたいなどと思っていたものでした。

 マホガニーの赤みを帯びたカウンター
 そこに置かれた切子のグラス
 腕時計を外し、グラスの脇に置けば、それを庇うようにバーテンがナフキンを下に敷く
 なにを語るわけではなく、黙って、グラスを傾け、氷の転がる音を心地よく耳にする
 
 そんな世界です。

 入江さんというその世界では名の知れたデザイナーと一緒にさせてもらい、黙ってウイスキーのグラスを傾けていた時です。
 
 この世界で生きていくのかって、問われたのです。
 
 きっと、私が、別の世界に目を向けていたことを、この才能あるデザイナーは察知していたのかも知れません。

 どこに居ても、自分の世界を狭めてはいかんよ。
 自分を限って、生きていてはなんの得にもならんよ。

 そんなことをボソリというのです。

 この夜、広報宣伝室の皆で新橋で飲み会をやり、それが終わって、入江さんが私に、付き合えと言って、タクシーで六本木まで足を運んでいたのです。

 入江さんのこの時の言葉が、私が、宣伝の仕事から足を洗って、教師になって、折々に、生徒に語った言葉になったのです。
 
 お前たちには、未来がある
 今の成績に一喜一憂するな
 ましてや、つまらぬことで、己れを限るな って。

 教壇に立って、生徒に檄を飛ばしている自分に気がついた時、あの時、六本木のあのバーで、入江さんが、私に言ったことばは、私への激励であったに違いないと思っているのです。

 その後、しばらくして、私は、早稲田を受験するために、新聞社を辞めるのです。
 そして、私は、宣伝の世界から教育の世界へと転身するのです。

 それを、あのデザイナーは、知っていたかのように、あの夜、私のような下っ端の人間に声をかけて、大人のたむろするバーに連れて行ってくれたのです。

 私の教え子の一人が、大学受験をせずに、バーテンになりたいと、それに反対する母親と生徒との三者面談で、長い沈黙がありました。

 生徒は、バーテンというのは、水商売のどこにいくとも知れぬ浮き草のようなものではない、きちんとした服装に頭髪、何より礼儀正しく、その立ち振る舞いは厳格を極める、そんな仕事に就きたいのだと。
 だから、名のあるホテルに入って、修行して、世界一のバーテンになりたいと。

 明らかに、私が放った言葉が、彼の口の端々から出てくるのです。
 教師としての責任の重さを文字通り察した瞬間でした。

 その後、二者面談で、折り合いがつきました。
 父上は国の省庁に勤務する官吏、母上は教育熱心で、慈愛に満ちた方、ともかく、大学には行って、それから、然るべきホテルに勤務し、あるいは、語学を生かして、欧州あたりのホテルで修行し、一流になれと。

 生徒は、私の意見を受け入れてくれました。
 そして、私の大学の後輩になり、その後、バーデンになったのです。

 何年か前、同窓会に呼ばれて、バーテンになったその彼と会いました。
 子供が三人いるといいます。
 ホテルでは、それなりの役職についているといいます。

 そして、私に、土産を持ってきてくれました。

 アイラ島のシングモルトウイスキー。
 チャールズ皇太子が好んでいただく、スモーキーなウイスキーだと言います。

 時折、江戸切子のグラスにそれを注ぎ、氷を入れて、いただきます。
 
 バーテンになった彼といい、入江さんといい、その手の技術で名をなす人間というのは、きっと、感性豊かに、そして、素直に物事を捉える人に違いないと。

 だんだん だだん しゅびだびー よっるがくるぅー

 私は、それを口ずさみながら、彼のくれた「ラフロイグ」と銘打たれた、もう残り少なったモルトウイスキーをこの夜、嗜んでのでした。

 人間、いついかなる時も己を限ってはならぬのだと。

 そんな言葉を噛み締めて、幾分涼しくなった夜の闇の中で、氷の音を奏でながら、ひと時を過ごしたのです。



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人間は心です

☆バーソ☆ さん
ご無沙汰しています。
そうなんです、いろいろと遠回りをしてきた人生。
それなりに、価値あるものとおもっているんです。
いや、価値あるものとしようとしているのかもしれません。
私、いつも、☆バーソ☆ のサイトを伺って、何回か読ませてもらって、そして、何かを得ています。
これからもよろしくお願いします。
親愛なる友へ

No title

宣伝業界も経験したことがあるのですね。
そのサントリーの音楽はよく覚えています。三指に入る名曲です。
あの雰囲気は、しびれました。酒はやらないのですが。
あの頃はサントリーの全盛期だったと思います。
企業にも人間にも勢いのある時期があるようですね。
天地人と言われますが、天の微笑を地でうまく受けた人が
人生では良い思いをすることが多いように感じます。
教師という職業は、いろいろ良い経験がありますね。
羨ましいです。
しかしそれも、その入江さんの言葉がきっかけだった。
ちょっとした言葉に心が反応したのですから、
人間はやはり“心”なんですね。
プロフィール

nkgwhiro

Author:nkgwhiro
ご訪問
ありがとうございます

《9 / 23 🎌 Monday 》
 
🦅 ただいま、<カクヨム>にて『濡れた足跡』を発信しています。

身の毛がよだつ
異人の世界に
誰も気がつかないのです

ほら あなたも……



怨念とか、嫉妬、逆恨みとか、恨みなどではないのです。

私たちの世界の、すぐ横に、異界が佇んでそこにあるのです。
この世界のことばかりに夢中になっていたり、その日の生活に追われていたり、目先のことだけに気が行ったりしている人には、異界を見ることはできません。

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向こうも、見えないものを相手にすることはありません。
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