指揮官の責任

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「青」色というのは、人を爽快にさせる色であると思っています。そして、「青」にはさまざまな色合いがあります。色合いがある分、その色合いに付随した気分の形もあります。この「青」は、空の青と湖面の青が相乗効果を持って、なお一層の爽快感を与えてくれます。そう思いませんか。ここはロビーナの小道を抜けた先にある、運河の一角です。


 ヤンキースのジラルディー監督が、ディビジョン・シリーズ第二戦で好投するサバシア投手をフォアボールを出した後に交代しました。 
 そして、後続の投手が打たれ、8点をとっていた試合を逆転され、負け試合になるという事態が起こりました。

 試合後の記者会見で、ジラルディー監督は、そのことより、相手選手へのデッドボール判定に対して、あれはバットの尻に当たって、キャッチャーのミットに入ったと抗議しなかったことを、自分の誤った判断として後悔していると述べたのです。
 そのプレーのビデオ判定を要求していれば、あの逆転劇は防げたのかも知れないというのです。

 果たして、そうなのかと私は首を傾げるのです。

 なぜなら、彼の采配には、選手の気持ちに寄り添わないケースがまま見られ、それが気になっていたからなのです。
 人の上に立って、物事を判断し、結果の責任を負うことは、メジャーリーグの監督ばかりではなく、「長」の字のつく役職を持っている人であれば、当然の務めであります。

 ある工場労働者が、二階の事務室に出かけて行って、その奥のデスクに座っている役職を持つ男に、お前さんは1日中、そこに座ってばかりいて、一体何をしているんだと怒鳴声をあげました。自分たちは、冷房もない、薄汚い工場で、汗を流して働いているんだ、と。
 デスクに座っている役職を持つ男は、その声を聞いて、私は、あなた方が作った品物をどうしたらより高く、売れるかを考え、そのためにここにいるんだと、これもまた声を荒げます。
 もし、あなた方の作った品物が売れなかったら、私はこのデスクにいられなくなる、しかし、あなた方には、どこに行っても、ものを作る仕事が巡ってくる。
 さあ、どっちがいい、とこう声をかけたのです。

 売りことばに買いことばではありませんが、どちらのい言い分にも一理あり、同時に、馬鹿げた双方の言い分ではあるのです。

 先のジラルディー監督の言い分ですが、私は、彼は状況判断が間違っていたと思うのです。
 バットの尻に当たったか当たらないかをビデオ判定するか否かは、指揮官としての判断外のことであるからです。
 むしろ、選手の心理を無視し、横暴にも好投する投手をたった一つのフォアボールで交代するという振る舞いこそ、上に立つものの基本的な過ちだと思うのです。

 フォアボールをだし、交代させられた選手は、自分は監督から信頼をされていないと思うでしょう、そうすれば、次回の登板の折に、気持ちに今ひとつのわだかまりが生じ、もしかしたら、投球もうまくいかなくなるかもしれません。
 また、後続を任せられた投手は、背中にランナーを背負うわけですから、いかに点差があるといっても、気持ち的には重いものを感じるはずです。

 もし、監督が、サバシアを続投させ、得点を取られ、マウンド上に行って、よく頑張ってくれた、あとは次の投手に頑張ってもらおうといえば、サバシアも申し訳ないと監督に対して思うはずです。次の投手には、1点2点取られてもいいから思い切り投げてくれといえば、気持ちも楽に投げられ、あの試合は勝てたのです。

 上に立つものの判断の過誤とか、判断の躊躇は、野球の試合ばかりではなく、歴史上にも、まま見られる事例です。

 例えば、日本陸軍の精神教育一辺倒の戦のあり方です。
 日露戦争以来の、突撃戦法をアメリカとの戦いでも行ったことは、指揮官のありように大きな反省点をもたらしています。

 突撃こそ最大の戦法であるとする戦技は、確かに、武器がさほど発展していなかった時代には効果的でした。
 敵は、押し寄せてくる日本軍兵士の、鬼気迫る眼差しとその口から発せられる鬼のような声に圧倒され、戦う意欲を失ってしまうからです。
 しかし、銃器がそうした敵をなぎ倒す発射量や速度を改善してくれば、それは無駄な戦技となるのです。

 ガタルカナルの飛行場を総攻撃した日本兵の無残な死体が浜辺に晒されている写真を見たことがあります。
 アメリカ兵たちは、突撃してくる日本兵は不気味だったけれど、弾を撃たずに突撃してくる兵士たちが哀れだったと回想している記事を読んで、勇気と勝つことへの意欲の違いとをそこで知ったのです。
 もう少し、ゲリラ戦的な戦い方、あるいは、敵に警戒心を持続させ、長期戦で戦えなかったものかと。

 あの折の日本軍の指揮官を、ここで、責めているのではないのです。

 きっと、食料も弾薬も補給がなく、指揮官は意を決してあの戦さに踏み切ったのだと思うからです。
 ですから、私が今、指揮官の責を問うのは、現場のそれではなく、東京の大本営の参謀たちのありようなのです。

 もし、ガタルカナルの指揮官が大本営にやってきて、その机に向かって何やら考えている高級参謀に、あの工場労働者のように、俺たちは炎天下のジャングルで、と言ったら、机に向かって座っている参謀は、俺たちは責任をとる立場にある、と言い返すことができたのでしょうか。
 私の知る限り、これらの高級参謀の多くが、あの責任をとっていないように思うのです。

 頭の中で作戦を立てながら、しかし、現地での状況、補給という重要な一点をおろそかにして、兵士の命を無駄にさせたのではないかと思っているのです。

 あの時の反省は、それを引き継ぐ自衛隊の幹部たちがしっかりと行っているはずです。
 指揮官のちょっとした思いやりのなさが作戦を台無しにし、戦いを敗北へと導くのです。

 もちろん、ジラルディ監督や大本営の参謀たちを口汚く罵ることはありません。
 私たちは、彼らに敬意を払いつつ、彼らの過ちからまなぶべきなのです。

 それが、次の勝利への糸口になるからです。
 何事も、そこに、ヒントがあるのです。
 生きるための、勝つための、そして、自分を向上させるためのヒントがあるのです。

 ですから、私は、野球を観戦し、そして、戦史からも学ぶのです。

 さて、デイビジョンシリーズの最終戦が昨日行われました。
 2敗から、本拠地に戻っての2連勝、そして、決戦の投手はあのサバシアでした。
 4回まで、危なげない投球でしたが、5回、残念ながら、四連続安打を打たれ、2点を奪われ、マウンドを降りました。
 明らかに、ジラルディー監督のあり方は、二回戦の時とは異なっていました。
 選手への敬意が見られたのです。

 そして、チームは勝利し、リーグチャンピオンシップにコマを進めることができました。

 また、しばらくは、ヤンキースを応援をしながら、勝つための戦い方はいかにあるべきかなどと考えながら、メジャーの試合を見ていきたいと思っているのです。

 そうそう、負けると言うことも、それはそれで、学ぶことがあります。
 むしろ、勝った時よりも、人生に大きな影響を与えますから、負けもまた、素晴らしいと言えます。辛いけれどね。





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美人鱼海滨於黄金海岸。- 强的风吹,这天是游泳禁止。我,走着在海滨。我,预先打算拍下来游泳禁止的旗在风上密布的话,一人的男人为田地的荞麦面来,开始拍高层群的照片。那个如画。』を公開しました。

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